こんにちは。
モンテッソーリというイタリアの医師は、子供には自分の能力を伸ばせるような活動をしたいという欲求があり、例えば手をこういうふうに使いたいという欲求があったらそれをできるような動きを何度も繰り返したがる、結果として大人から見たら意味のないイタズラとしか見えないような行動が起こることもあるが、それはその子にとって自然なことなのだ、と言っています。例えば引き出しを開けたり閉めたりしたがるのは、その行動によって腕を動かす・手を動かす・感触を味わうということがしたいのであって、大人を困らせようとしているのではないということです。お母さんのクリームをひねって開けていじるというのが、ご本人にとってはたまらなく魅力的なことなのかもしれません。ですので、同じような手の動かし方ができるようなもの、たとえばひねる動きであれば空き瓶とかねじって開ける空き容器などを与えて、これならいくらでもやっていいよと言ってあげるなども考えられるかと思います。もしくはクリームの感触が面白いなら、絵の具とか粘土とか、いろんな感触を味わえるような遊びをしてみるのも考えられるかと思います。
触ってほしくないものは、手が届かず、かつ目にもつかないところ(視界に入ってしまうと、椅子によじ登るなどどうやってでも手に入れようとするので)にしまい、「それは触らないで!」と叱らなくて済む家を作るということが一番現実的と思います。とはいえ、日本の家の構造はそういうふうになっていないので、本当に難しいと思いますが。私も自分の理想の家を作りたいと何度も思いました。コンセントは点状にあって、天井近くに押し入れの天袋のような「子供の手の届かない」収納がたくさんあるような・・・SNSなどを見ていると、「一瞬目を離したらイタズラされた」というようなびっくり画像がたくさん出てきます。台所で小麦粉・お米・油などをぶちまけられたとか、顔中に口紅を塗りたくっている画像とかを見ていると、本当に育児は大変だなと思います。
「自分に気持ちがあるように、他人にも気持ちがある。」「こすうると他人が嫌な気持ちになる」「思いやりを持つ」これらはかなり高度な思考であり、3歳になったばかりでは無理でも普通かもしれません。
「なんでママ怒っているか分かる?」ということについては、本当に分かっていないのかもしれませんし、「ママが起こっているのは、僕がママの大事なクリームをいたずらしたから」という言葉を組み立てることができない可能性もあります(この年齢では普通だと思います)。
「ごめんなさい」と言える子もいると思いますが、ご飯の前に意味も分からず「いただきます」と言っているのと同じで、ごめんなさいと言えば褒められるからとか、何となくそういう雰囲気のときに言う決まり文句だから言っているというようなものだと思います。本当に相手の気持ちを考えて行動するというようなことは、幼稚園で言うと年中や年長の課題になると思います。
お母さんをないがしろにしたくて・悲しませたくてやっているのではなく、純粋な好奇心でやっており、お母さんが何を怒っているのかよく分かっていないだけなのだということも考えられるかと思います。