こんにちは。
れもん様は、お子様は学校に行くべきだ、はっきりした理由が言えなければ学校に行ってほしい、とお考えなのですね。
お子様の場合、特に低学年の男の子では、自分の気持ちを言語化して表現することが難しい場合があります。
お子様なりに、乏しい人生経験と言語能力の中で、親に叱られそうにないことを何とかひねり出そうとして、「だれだれ君が何かしてくる」とか表現してきても、実はそれは本意ではないこともあります。
お風呂の中とか、夜寝る前の布団の中とか、そういったリラックスしたときに、ぽろっと、実はあれがこうで嫌だったとかいう風に、本音を漏らすこともあります。
疲れたからは休む理由にならないとお考えのようですが、私個人の意見としては、疲れたと思ったら無理せずサインを出して休むことができるのも重要な能力・素質・才能とは思います。おかしいな、なんとなくいやだなという感覚を大切にできることも重要と思います。上から言われたことを黙ってやることが評価されていた今までとは違う、という考え方もあると思います。抑圧され続け、「いい子だ」と思われていた子が、だんだん自分の生き生きした望みを失っていき、大人になってから燃え尽きたり、やりたいことが分からないと感じたりすることもあると思います。こうしなければならないという思いが高じて、過労死したり、心身のバランスを大きく崩す方もおられます。子供でも、つらい気持ちが、「おなかが痛い」といったふうに体の症状として現れることもあります。
甘やかすとどこまでもつけあがるのでは?と思われるかもしれませんが、「そんなことでどうする!もっと頑張れ!」とはっぱをかけられたところで、「その通りだよね!気付かせてくれてありがとうお母さん!僕がんばるよ!」と発奮する子供というのはあまりいないようにも思います。どんな自分も受け入れてもらえる、自分が嫌だと思ったことはしなくていいのだ、という安心感があって初めて、ちょっと頑張ってみよう、挑戦してみようという気持ちが出てくる場合もあるかと思います。
ただこれは、私が、抑圧された末に心身に不調を来した方々を医師として普段拝見しているからであるのかもしれません。甘やかせと言われたって、お母さんにも予定がありますし、仕事もある、もし不登校にでもなられたら責任は取ってくれるのか・・・とおっしゃりたいかもしれません。確かにその通りだとは思います。ただ、うまくガス抜きできる人、嫌だと思ったら押さえこんで貯めこむのではなく周囲に助けを求められる人というのも、確かに価値があるとは思います。
どうしたら正解、何が絶対間違い、ということはないと思います。お子様の好きな食事を作ったりして、一緒にゆったりした時間を過ごし、強く言ったことについて悪かったと思っておられるようであれば、それは素直に謝り、「~~でごめんね、でもお母さんは~~と思ったの」という風に率直に話し、お子さんが自分から話をしてくれるのを待ち、お子さんがどんなことを言っても、頭ごなしに評価したり「それはあなたが悪いからでしょう、いつも言ってるじゃない」などと否定するのではなく、「~~なんだね」と受け止め、「いろいろあると思うけど、お母さんはいつもあなたの味方だよ。いつでも力になるよ。でも~~は困るから、それは分かってほしいよ」とお伝えになるなどはいかがかと思います。