こんにちは。
私は、子供が赤ちゃんの頃、「もし今、私が病気や事故で死んで、他の人が母親代わりになって育てて、周囲もそのことを伝えず隠して育てれば、その人を産みの母だと思うんだろうな。私の存在を意識することはないだろう。子供って薄情だな。母親って報われないな」と思ったことがあります。
自分が大変な思いをして妊娠出産育児してきたので、どうしても子供からも、愛情を表現してほしい、特別なものとして扱ってほしい、報酬が欲しいと思ってしまいますが、本来は子供というのは自己中なもので、親を踏み越えて生きていくものであり、たとえ子供が重い障害があって、全く愛情を表現できなかろうと、反抗期に「うるせえ、産んでくれなんて頼んでねーよ」と言われようが、全く自分の思うとおりに育たなくても、それでも一方的に愛し続けるのだなと思います。生き物の本能として、自分がこの子を産みだして、生きるチャンスを与えられただけで満足すべきなのだろうと思います。
「自分が抱くと泣き止まないのに、夫や祖父母だと泣き止む」といったご相談も頂くことがありますが、逆に「自分以外では泣き止まず他の人に預けられず大変な思いをしている」とおっしゃる方もおられます。
それはそれとして、おばあちゃんをママと呼ぶことは、単なる呼び名の勘違いであって、そこは全く心配されなくていいと思います。私の子供は青と緑を逆に覚えており、名前を間違います。私は金と銀を逆に覚えていました。そういうことで、単におばあちゃんをママと呼ぶのだと思っているだけだと思います。1歳9か月に、「俺を育ててくれてるのはおばあちゃんだから、この人をママと呼んでやれ、本当の母親への懲罰だ」「産みの母は俺を世話してないのだからママと呼ぶに値しない」といったことまで頭が回るわけがありません。自分は一人の母親から生み出されたのであり、この世の中には母親と祖母というものがいるのだ、などとも分かっていないのです。例えばですが今後家族の形が多様化し、同性どうしのカップルに育てられた子がいたとすると、その子は、ママとは女でありパパとは男であるのが一般的だということを知らずに最初は育ちますが、その後、幼稚園や学校などで社会を知っていく中で、他の家庭のことを知り、少しは混乱するでしょうが、社会一般のことを知っていくと思います。お子様も、何がママで何がおばあちゃんなのかということを混乱してはいても、必ず分かるときが来ると思います。
人間は、母親という存在に絶対的な憧れを持っています。たとえどんなに虐待されようと、母への思いは強烈なものです。母がどういう形であっても自分を愛してくれていたということを、大人になっても追い求めようとします。心配されなくても、相談者様ができる形でお子さんを愛して支えて育てていれば、全く問題なく、子供からの愛が何倍にもなって返ってくると思います。呼び名の問題など小さなことです。祖母には、「ママじゃなくてバーバだよ」などと、叱らずに訂正してもらうのがよいかもしれません。
私自身も、産後にホルモン状態が不安定なときに、夫や母や義母に子供を取られたような気持になり、嫉妬したり、自分はもういらないのではとか思ったこともありますが、決してそんなことはありません。
また、母娘関係はいろいろなので一概には言えませんが、相談者様はお母さんにとっての娘であり、お母さんが大切に育ててこられたのです。祖母にとっては、孫も大切ですが、娘も大切なのです。娘を押しのけて、孫だけかわいがりたいということではないと思います。まず何十年も育ててきた娘の幸せを祈っています。その気持ちも分かっていただけると、少し楽になることもあるのかもしれません。